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傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「リリィ・シュシュのすべて」

 エーテルなのにMPが回復しない。

 

リリイ・シュシュのすべて 通常版 [DVD]

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【あらすじ】

 中学2年生の蓮見雄一はかつて仲間だった星野修介にいじめられるようになる。崇拝する歌手リリィ・シュシュの音楽を聞いてリリィのファンクラブサイトを立ち上げた雄一は、そこで交流を続けながら灰色の日々を送る。

 

【感想】

 うーむ。好きな人は好きだろうけど、嫌いな人はとことん嫌いな映画とみた。これから感想書く人は、「嫌い」のほうのようでした。

 

 最初に結論を書くなら、「リアルに寄せた結果限りなく偽物っぽくなった」みたいな感じです。アリかナシかと言われたら、かなりナシに近い。「これが少年の闇だ!」というところに力が入りすぎて、写実性が「取り組み」になってしまって「ありのまま」を表現しようとして「印象的に見せたい場面」がウソくさくなってしまったというか。全体的にそういう印象を受けました。

 

 映像は印象的なカットが続いて、物語を客観的ではなく少年たちの心象風景を切り取ったようなふわふわしたものが多くて「結局闇って何だったのさ」っていうのが正直な印象。この映像から受ける印象は「闇なんて本当はなかったんだ」なんだけど、映画の紹介や宣伝などは「心の闇」をクローズアップしているような感じがして、映像手法とメッセージにかなりのギャップがあったと思う。はっきりいって、この映像手法では「心の闇」なんか見えないと思う。「心の闇」っぽいものをきれいに魅せているだけだ。なんかその辺がズルいと感じた。

 

 もともとネットで散漫的に発生した企画から動き出した映画ということで、全体が散漫になるのは仕方ないのかなと思いつつも、やっぱり散漫すぎるだろうと。特に評判の悪い「沖縄旅行編」は何故あんなに長くしたのかがわからない。多分「こうやって楽しい時間がありました」ということで後半とギャップをつけたかったんだろうけど、それは既に描写されていたことで、沖縄を丁寧に書くことで逆にクドくなっていると思った。少年視点を意識したんだろうけど、それで少年の意識の中に逆に入っていけなくなったし、大沢たかおは特に理由なく死ぬし。何より、あんなにお金を持っていて誰も怪しまない環境がおかしい。「リアル」を追求するのに不自然な設定が入ってくると「リアル」は急に作り物になる。その辺のメタ構造も含めての「沖縄編」だったのだろうか。そうだとしたら、なかなか深いんだけどそんなことをする意義がよくわからない。

 

 後半のいじめシーン連発については、何だかなぁというのがある。援助交際や女子の対立を煽れば「若年層のリアル」なのか? という安直なものを感じてしまう。もっと他にどうすればいいのか、というのは野暮だけれど結局「性交」に対して誰も真面目に表現が出来てないからかなぁと思ったのです。蒼井優は頑張っていたけれど、援助交際をする「暗さ」がイマイチなかった。凧のシーンは映像としてきれいなんだけど、それだけ。その後ろのバックボーンがイマイチ見えない。なんか軽い。

 

 そう感じるのは雄一が結局全部「逃げ」ていたからなのかもしれないなぁとここまで書いてきて思いました。感情という感情が全体的に感じられない。それが「リアル」なのかと言えば、それはやっぱり表面的な「リアル」なんだと思う。雄一の闇はもっともっと深い。そんな気がする。

 

 この映画の「リアル」は意外とコンサート直前の変なオタクが絡みついてくるシーンに出ていると思う。いるいる、ああいう人という感じ。ネットと現実の区別がつかないままに人間との距離感がわからない感じ。なんだかそこはリアルだった。 

 

 多分不満だったのが、結局「リリィ・シュシュ」というのが彼らの中で何だったのかがよくわからなかったからだと思う。このままでは「リリィ・シュシュ」は結末を引き起こすだけの起爆剤でしかないと思った。こういう「心の闇」系の話だったら、もっと彼女の物語を前面に出したほうがよかったんじゃないかなと思うのです。愚痴っぽくなりましたが終わり。