傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「ルーム」

母ちゃんは僕が守る。

 

ルーム(字幕版)

ルーム(字幕版)

 


【あらすじ】

ジャックは生まれてから一度も外の世界を見たことがない。拉致されて納屋に監禁されている母ジョイから生まれたジャックの世界は狭い部屋とテレビだけだった。5歳になったジャックにジョイはある作戦を仕込み、納屋からの脱出を図る。

 

【感想】

ちょっと気になっていた映画だったので期待して見て、期待通りでとてもよかったです。前半は息の詰まるような密室での濃密な母子関係。そして後半は蜜月が終わった息子の自立。ラストが泣かせる。


カメラワークもきっとすごく良いのだと思う。大人が立って数歩移動できるかどうかという納屋なのにジャックの視点で「へや」がとても魅力的な世界に見える。家具やおもちゃに挨拶をし、母親と体操をしてテレビを見るだけの生活に何の疑問も持てない少年が生きているだけなのに、外の世界を知っている観客はそれだけで何だか泣けてしまう。ジャックの視点で見る部屋はとても広い。


ジャックの活躍でジョイも無事に「へや」から脱出することができるんだけど、ジャックが初めて外に出るシーンもなかなか衝撃的。初めて大きな空を見た少年の心を映像だけでここまで鮮やかに表現できるんだなーと感動しました。映像がいい仕事しました。そしてジャックを助けた巡査が超有能。ストーリーの都合なんだろうけど、こういう人が世の中にもっと増えたらいいなと思ってしまった。


多分この映画は「へや」から出た後が本番なんだと思う。物語っていうのは事件が終わったらハイおしまいってやりがちだけど、この場合本当の戦いは救出されてからなんだろうと思う。そこまでしっかり書いたこの作品はすごい。いつまでも苦しんでしまう被害者の話は大切だ。


そんでジョイの母親が離婚していて別の人と暮らしているという設定はジャックのためによかったと思う。確かに実の父親だったら誕生の経緯を考えると孫の顔を冷静に見られないという気持ちもわからないでもない。血が繋がっていないからこそジャックを理解しようとした義父の優しさが有難かった。そこに観客は生々しさを求めていないというのも配慮された結果かな。


ジョイの弱っていく様子を見て「すばらしい新世界」を思い出した。蛮人保護区に置き去りにされてしまった女性が子供を産み、再び文明社会に帰ってきた時に絶望して薬物漬けになり死んでいく。ジョイとは少し違うけれど、文明から隔絶された環境で子供を産み、文明を知らない子供と共に文明に復帰するという点で似ていると思った。彼女たちが感じた絶望は取り戻せない時間の流れであり、時間の隔たりを感じる度に自分が置かれていた立場を思い出すことなんだと思う。監禁ダメゼッタイ。


弱った母親のためにジャックがとった行動は「願掛けの髪の毛を切って届ける」というところも泣けてくる。前半で抜けた虫歯をお守りがわりに貰っていたのが伏線としてとても生きている。髪の毛を貰ったジョイのシーンがないのも印象的。そして髪の毛を切る=「へや」と決別するというジャックの気持ちも見てとれる。母親を守るために必要なのは、自分が一歩進んだことを見せる必要があると幼心に思ったのかもしれない。そんなに深い意味はなかったのかもしれないけど、母親としてこんなことをされたら泣いてしまう。泣いてもう一度息子に会わないといられなくなる。同年代の友達が出来たシーンとかもう最高で、最高で……。


そして前半のジャック視点で見る広い「へや」がラストと対比されるんだけど、再び部屋に戻ってきたジャックは「へや」がもう「へや」でなくなっていたことに衝撃を受ける。どんな場所であれ、彼が生まれた愛着のあるところには変わらない。外の世界を知ってしまったジャックからすれば「へや」はただの部屋で、そこで再び生活することは想像もできなかった。だからすんなりと「お別れ」をすることができたんだと思う。ここは屈指の泣きシーンでしたね。泣くしかないよ。


全体的に丁寧な話だし映像も綺麗だしイライラする人もそんなにいないので(監禁犯だけ犯罪者じゃないのでしょうがない)見ていてストレスがない作品でした。といっても映画の内容自体がストレスの塊なので健康な気分の時にみたほうがいいと思いました。犯罪ダメゼッタイ。おしまい。