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傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「アナと雪の女王」

アニメ 洋画

 れりごー♪ れりごー♪

 

 

【あらすじ】

 アレンデール王国の王女エルサは氷を操る不思議な力を持っていたが、幼い頃に妹のアナを誤って傷つけたことで、城に閉じこもる日々を送っていた。やがて父王夫妻が亡くなり、エルサが成人して戴冠式を行うことになったが、魔力は抑えるどころかまるで制御できるものではなくなっていた。アナは他国の王子ハンスとノリで婚約をするが、エルサは反対する。そしてついに力が暴走を始め、エルサは国を出て行ってしまう。夏にも関わらず氷に閉ざされてしまったアレンデール王国を救い、エルサと仲直りをするためにアナは道中出会ったクリストフと一緒に氷の城を目指す。

 

【感想(めっちゃネタバレします)】

 アンデルセンに謝ってきてほしい。

 

 映像は文句なしでスバラシイです。同時上映の「ミッキーのミニー救出大作戦」はアホみたいなクオリティの詰め込み放題で半泣きで見ていました。アナ雪本編も映像に関しては半泣きで見ていました。氷切るところの映像で本当に鳥肌立ったよ。音楽もいいし、ミュージカルなだけあって歌も聞きごたえ抜群でした。

 

 そう、技術は満点です。エルサのX-MEN状態もカッコ良すぎです。雪の質感もサラサラふわふわしていたり、氷は冷たくシャキーンととがっていたり、これはカッコよすぎて文句の付けどころがありません。

 

 なんで本来もう少し頑張れそうな脚本が頑張っていないのか。

 

 決定的なところは、両親がエルサを閉じ込めるあたり。無駄に閉じ込めるには非常に動機が薄い。魔法を制御させるために部屋に閉じ込めておく理屈がわからん。むしろ制御できるように魔法を練習させるとか、いっそ離れたところで魔法をぶっ放していい日を作るとか、記憶がないからと言ってアナに何の説明もないのが気になる。自分の娘が信じられなかったあまりに、女王になるにも関わらずエルサは人と適切にコミュニケーションできない人間になってしまいました。どう考えても親が悪い。それとも、アメリカではこういった閉じ込めた育児によってコミュニケイトできない若者が増えているとかそういう傾向でもあるのかな。


 そして大評判の「れりごー♪」の場面もちゃんと映画観た人ならわかると思うけど、「ありのままの自分になれるって最高!」といったまんまの意味ではなく、「我慢しないって素敵!」という非常に後ろ向きな自己解放なんですよ。今まで我慢して我慢してきたから「自由って素敵!ひゃっほい!」という感じなんです。定期テストが終わってはじける高校生と一緒です。抑圧された解放。それって両手離して喜んでいい話じゃないと思うんですよ。だって今まで解放されたことがないんだから「何が本当の自分か」なんてわからないじゃないですか。氷の城を建てて「これでいいのだ」なんてバカボンのパパみたいなこと言ってるけど、「あんた女王だろう、国はどうした!?」というツッコミが全方向から入ってもおかしくないと思う。


 余談だけど、「れりごー」中にティアラを放り出しているシーンで彼女は「女王」という責務すらぶっ飛ばしているんだよね。大塚英志曰く「ティアラを置くのは権威を捨てると言う暗示」と「カリオストロの城」のクラリスを例に挙げていたけど、これもそういうシーンなんだろうな。でも、それならなんで最初から「女王」と「王女」の姉妹にしたんだろう。元々のゲルダは権威なんて関係ない村娘で「権力からの解放」だったら道中の王妃と対比させたりすれば出来ないことでもなかったと思うんだけど、やっぱり権威主義が勝っているのかもなぁ。


 更にアナもノリで婚約をして「真実の愛がわかっていない」とか、そもそも「真実の愛って何よ!?」という説明が劇中で一度もされず、トロールの村でそれっぽいことはありますが「家族愛」というところに帰結させたかったら、両親は一体何のための存在だったんだろう。半分虐待じみたことしておいて愛も減ったくれもないってか!? 時間が足りなくて詰め込めなかった、ということはないと思う。この辺の説明があいまいなのでラストのカタルシスが浄化どころかソウルジェムが染まるようなもやもやが残ってしまうのだと思った。「いやそこは小説版でカバー」とか、映画なら映画の中で全部説明しやがれ! なんだろうこのもやもやは。まるでおおかみナントカの映画みたいだぞ。


 設定に愚痴ってばっかりいても仕方ないので気に入ったシーンや小ネタみたいなところをあげていくと、トロールの集落での歌はよかったですね。歌の内容もストレートだし、何よりトロールがかわいい。安定したディズニー節が聞けた気がする。あと、序盤でアナが絵画に話しかけているシーン。「頑張れジャンヌ!」とジャンヌ・ダルクに話しかけているのはやっぱり女児狙いなんでしょうか。その後「生まれて初めて」の中でぶらんこに乗ったり、「ぶらんこ」の絵画の前で同じようなポーズをとったりするシーンもアナにとっての「解放」を象徴しているんだろうな。もっとも、「ぶらんこ」は「性の賛美」がテーマだった気がするんだけど。


 そんな設定穴姉妹なんで一応王子様役のノーマルなクリストフがきれいさっぱり空気となっています。悪役のハンス王子も「悪役か?」という感じですし。しかし、「主人公がピンチの時に態度を豹変させて今までの計画をベラベラとしゃべる」というのは死亡フラグなので、いくら相手に余裕で勝てそうな状態でも手の内は最後まで明かさないのが大事だと言うことを学びました。本当にこの映画に男の入るスキがない。男の子のお話は女の子も絶対いるけど、女の子のお話は女の子だけで成立するのってなんでだろう。


 ところで、元ネタの「雪の女王」とか、ロシア民話の「石の花」とか、雪が積もる地域の話にはしばしば「捕えられた男の子を助けに行く女の子」のモチーフが登場するのね。これって世界的に見てもそんなに数がないと思うんだ。やっぱり食べ物が少ない地域だと男だとか女だとか関係なくたくましくないとやってられないのかな。


 いろいろ書きましたが、「映像がものすごい」というのは間違いないです。正直もう一回見てもいいと思いました。映画は映像で勝負してナンボですので、これはいいと思います。映画館で見れて幸せでした。