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傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「鉄塔 武蔵野線」

邦画 ドラマ

 セガール漬けの生活から逃れたくて、絶対セガール要素ないだろうっていうストックを消費したフェチ映画です。

 

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【あらすじ】

 両親の離婚が決まり、夏休み明けに母の実家の長崎に転校することになった小学6年生の見晴は父が鉄塔をよく見ていたことを思い出し、その鉄塔に「武蔵野線71」と書かれていることに気が付く。小学4年生の暁を連れて電線を辿り「武蔵野線1」を目指す旅が始まった。 

 

【感想】

 正直言って、地味で暗い映画です。そして子供がわくわくして見る映画ではありません。どちらかというと大人が見て泣くタイプの映画です。小学生最後の夏休み。セミの声と畑がどこまでも続いていく風景。子供にとっては多くの障害に満ちた道中。父親がいなくなるという非日常を受け入れるための少年が少年である最後の旅。そんな心情がしんみり淡々と描かれている、そんな映画です。

 

 とにかく登場する鉄塔のアングルがすごい。真下から見上げた構図や遠くからオスメスで鉄塔を区別したりする角度が絶妙。鉄塔マニアにはたまらないというか、いろんな意味でフェチズムを垂れ流しにしているような感じ。「子供の執着」としてしまえばそうなんだけど、その執着に後ろめたさを感じるから余計妖しくなっている。

 

 そして少年大好きな人には少年を満喫できる映画です。「半ズボンで駆け回れる最後の夏休み」というテーマが大人になると重い。正直「夏休み真っ最中」の子供には退屈なテーマだ。無駄に鉄塔がキラキラしたパワーあふれる存在に見えて、王冠で作った手製のメダルで鉄塔を征服した気になって、自転車でひたすらどこまでもいける気がしたという失われた少年時代の記憶をびんびんこするのは、かつて「子供」だった人たちだけだ。これは「さようなら少年時代」がひとつのテーマになっている。

 

 そのせいかわからないけれど、この映画に登場する「大人」は誰もかしこもみんな理不尽で理解不能な存在として描かれている。子供の世界を強調したかったのかもしれないけれど、それにしてもひどすぎる。特に道中子供を追い回したり暴力をちらつかせる「大人」は多少昔の映画といえ、ちょっと「大人」には見えない。

 

 暁が付き添っている間は全体的に「行きはよいよい帰りはこわい」という『トロッコ』のような雰囲気が漂うのですが、見晴がひとりになってからは『トロッコ』というより彼の大人になるための通過儀礼のようになっています。とにかく1号鉄塔を見ないと彼は「大人」になれないのです。最終的に「大人」の邪魔が入り、4号鉄塔で彼の孤独な旅は終わり、長崎へ行くことになります。ところが、物語はここで終わらないので 

 

 翌夏、中学の制服を着た見晴がかつて暮らしていた家に帰ってくる。父と暮らした思い出の家。そこかしこに残っている父の痕跡。鉄塔が好きになったのも父の影響だ。あの旅の続きをあの時と同じ服を着て見晴はやり直す。たどり着いた1号鉄塔と変電所は大きく、そばにあった定食屋は幼い時父に連れてきてもらった場所だった。父と食べたワンタンメンを今度は一人で注文する。 父の思い出も少年時代の憧憬も鉄塔のパワーも、ここに置いていかなければいけないというシーンで終わる。ラストシーンが象徴すぎてちょっと難解だったのが残念。全体的にのんびりじっくりしていて、話のエンジンがかかるまで長いのも難点。最初が退屈だとちょっと飽きちゃう。もっと鉄塔のパワーとか死んだら電気ショック云々をバーンと最初に出しちゃったほうがよかったんじゃないだろうか。

 

 あと、見晴役がどっかで見たことあると思ったら伊藤淳史だった。子供時代の彼を見たい人にもお勧めです。