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傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「雷神~RAIJIN~」

 セガール版セブン的な何か。

 

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【あらすじ】

 殺人事件とかを正義の鬼刑事セガールがぶっ潰す。謎ときとかあるけど知るものか。

 

【感想】

 セガールVSサイコ殺人犯×2というだけで割とおなかいっぱいなのですが、これは近年のセガール映画としてはかなり面白いと思うのです。ストーリーはそれほど入り組んでないし、わかりやすいし、何より犯人が分かりやすい悪者だし、セガールがそれ以上に凶悪に活躍するのがいい。

 


「雷神 RAIJIN」

 

 まず冒頭からひどい。謎のセガールの幼少期の回想があり、その後刑事をしている現代に舞台が変わる。女性に生きたまま爆弾を取り付けているサイコ野郎を逮捕するべく、鬼刑事セガールが近くのビルに殴り込んで犯人をしばくしばく。何とか爆弾を解除してサイコ野郎を逮捕しようとしたけど、相手が殴り掛かってきたから思わず蹴り飛ばして窓の外に落としちゃった! てへっ。4階だけど大丈夫だよねっ。

 

 こんなテンションで残り90分です。この「窓の外にけり落とす」シーンだけで正直お腹いっぱいです。確かに派手なシーンなのですが、何で「6回」も窓の外に落ちるシーンを繰り返すのかってことです。途中には相棒のストームの「うわぁ」という顔も挿入されて、もう笑うしかない傑作の出来です。このシーンだけ額にいれて飾っておきたい。

 

 それ以外にもストーリー以外で「おいおい」となるシーンはたくさんあります。謎の無能FBIに謎のパブでの乱闘、そして引っ張りまくった挙句あっさり捕まるサイコ野郎2に無駄に頭をガラスに叩きつけたがるセガールアクション。結構編集で誤魔化しているのがわかってちょっとさみしい気もする。

 

 そしてこの映画の面白さは最後まで気を抜かせてくれない。いろいろあってサイコ野郎を文字通りぶっ潰したセガールは刑事を退職。そして田舎に帰って……ここから先は是非自分の目で衝撃の結末を観てほしい。久しぶりに目が点になった。これぞ衝撃の結末、どんでん返し。みてんじゃねえよじゃねえよマジでおい。

 

感想「コルドロン」

 主人公が中Ⅱなディズニー映画。

 

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【あらすじ】

 豚飼いの少年ターランはいつか英雄になりたいと夢見ていた。ところが飼っていた豚ヘン・ウェンの様子がおかしい。実はヘン・ウェンは予知能力のある豚で、この力を狙ってホーンド・キングがヘン・ウェンの誘拐を企てる。彼の狙いは死者を蘇らせ、不死身の軍隊を作ることのできる大釜「ブラック・コルドロン」。果たして、ターランはホーンド・キングの野望を打ち砕くことが出来るのか。

 

【感想】

 ディズニー暗黒時代に公開された映画で、「そんなの偏見だ!ディズニーは面白いぞ!」と擁護しようと思ってたのに「こりゃ暗黒だな!」と言うしかない感想。作画とか盛り上がりとか、そういうのはディズニーらしいのに、何でこんなことになっちまったんだ! という残念感が半端ないです。

 

 まず、最大の欠点が「主人公が魅力的じゃない」ってところ。「最初はごく普通の少年」という設定なのですが、なんと最後まで「ごく普通のいきがった少年」のままです。多少の成長の後は感じるのですが、とにかく魅力的じゃない。なにしろ登場してすぐ「僕は本当は豚の世話なんてして終わる人生じゃない。今に偉い騎士になってみんなが僕を讃えるんだ」みたいな妄想全開で動物相手に木の枝を振り回して満足しているんだもの。なんだその無駄な万能感は。

 

 そういうの、現代日本では「中二病」って言うんやで。

 

 とにかく中学二年生ターランが「テロリストがいきなり学校を占拠したら~」みたいな妄想をしているうちにヘン・ウェンが逃げてしまいます。それにしても師匠のじいさんも「過酷な運命が待ち受けているのじゃ」みたいなことを言ってるけど、ヘン・ウェンのこと最初から全部説明しておけばよかったんじゃないのかなぁと思う。

 

 そこで出会う不思議な毛むくじゃらの生き物、ガーギ。彼は友達が欲しくて馴れ馴れしくターランに近づきますが「俺様一番」のターランに邪見にされてしまいます。正直ガーギがかわいそうすぎる展開。そんで次のシーンはヘン・ウェンが魔王の城にさらわれていくシーン。急展開すぎる。「そうか、ヘン・ウェンを助けに冒険に出るのだな」と思った次のシーンではもう魔王の城に到着している。展開はや!

 

 到着した魔王の城で、ヘン・ウェンを魔王ホーンド・キングに利用させることは阻止できたのですがターランは地下牢に閉じ込められてしまいます。そこで己の万能感を反省するターラン。ところがそこに都合よくエロウィー姫登場。「わたし魔法が使えるから捕まってしまったの」というが、なんか光の球でネズミを追い回してるだけ。

 

 そして魔法を使っているらしい描写はここ含めてごくわずか。あとは普通の女の子。

 

 逃げている途中になんかすごい剣をゲット。剣のおかげで魔王の城から脱出することができました。ついでになんかよくわかんない楽士の爺さんも救出しました。命からがら逃げてきて、ターランはエロウィー姫と喧嘩をします。

 

 そりゃ「剣のおかげで逃げられた」なんてターラン様には不服なのですよ。

 

 その後ヘン・ウェンを探している途中でガーギに再会。それからすぐに妖精の国へ行って、あっさりヘン・ウェンと再会。その後何故か「ブラック・コルドロンを先に手に入れよう」という展開に。それからすぐにブラック・コルドロンを所有する魔女の家に。

 

 展開はやくね?

 

 すったもんだがあって手に入れたブラック・コルドロンをホーンド・キングに奪われてターランたちも捕まってしまいました。ブラック・コルドロンを封じる方法はただひとつ。命ある者が意思をもってブラック・コルドロンに飛び込むこと。つまり死ねってことです。この辺ホーンド・キングが死者を復活させたり画面は骸骨祭りで賑やかなのですが、ガーギが自らコルドロンに飛び込んで野望を阻止。ついでにホーンド・キングも吸い込まれてしまいましたとさ。ガーギは魔女のおかげで生き返りました。さあみんなで家に帰ろう。めでたしめでたし。

 

 うーん……ターランなんも仕事してないやん……楽士のじじいに至ってはパーティに入る意義がぜーんぜんわからん。狂言回しにしたかったのかな?

 

 とにかく主人公の魅力もなければ脚本も詰め込み過ぎキャラの設定が全く生きていない。冒頭で「ホーンドキングやべえな」「それな」って登場人物同士で会話をしているけど、観客には「ホーンドキングって誰?」って感じだし、元の長編小説を圧縮したからなのかもしれないけどとにかく展開が速すぎる。だから主人公の成長が全く見えない。都合のいい展開オンパレードでびっくり。

 

 更に魅力を削っているのが悪者関係。せっかくホーンド・キング様がビジュアル頑張ってくれているのに、他の悪者が本当に雑魚い。魔王の腰ぎんちゃくみたいなキャラクターが本当にキーキー騒いでいるだけで本当に使えないというか、邪魔。ディズニーはスミーとかイアーゴとかこういうキャラを出したがるけど、こういうキャラの采配って本当に難しい。スミーはその辺のバランスがかなりとれている神キャラのような気もしている。それに雑魚キャラも汚らしいごろつきヴァイキングだらけで、全然怖くない。その辺にもこの映画のダメさ加減が詰まっている。

 

 というわけで、この映画を実写あたりで全面リメイクをしてくれないかなぁとか思った。設定だけなら絶対面白いのに、演出のダメダメ加減がダメダメだから現代の技術で画面だけでもカッコよく、ホーンド・キング様にスポットライトを、ひとつ、どうにか。

 

感想「ビリギャル」

 ひとつの毒家庭の結末。

 

 

【あらすじ】

 私立の中高一貫校に通うさやかは家庭の問題などから勉強を全くしなくなり、学年ビリとして素行も悪いことから停学を言い渡されるほど荒れていた。心配した母親が通わせた個別塾で「慶応大学に行って周りをあっと言わせよう」と言われたことから猛勉強を始めるが、彼女の高2での学力は小学生ほどであった。

 

【感想】

 うーん。

 

 本人が努力して頑張ったのはその通りなんだけど、この話って要は「努力して勉強すれば夢は叶うよ」じゃないのが残酷なところ。どっちかというと「家庭が壊れていると普通の子も落ちこぼれになるよ」って言うところだと思う。

 

 見た限りさやかは学力に難がある子だとは思えない。学力に難がある子はまず一念発起したとしてもあんな風に勉強できない。辞書を引いて英語を勉強するなんて無理。つまり、さやかは「ただやっていない」だけでポテンシャルは十分にある子だったってことだけだと思う。そう考えると、「そんな子が学年ビリになったのは何故か」というところのほうがこの映画の中心なんじゃないかって思う。坪田先生がやったのはさやかの自己肯定感を高めただけで、学力的指導で特別なことはやっていないと思う。それだけさやかの家庭に問題があり、家庭の問題がさやかの学力に直結していたんだと思う。

 

 さやかの毒家庭っぷりは多少の誇張はあるのかもしれないけれど、かなりひどい。何がひどいと言えば、一見「子ども想いの両親」という図が成り立ってしまうからだ。お父さんは「息子のため」だけに行動して娘はほったらかしどころかひどい扱い。映画だからって言って「ここまでやるか?」という毒行動だけれど、多分これよりもひどい毒な環境で暮らしている人もたくさんいるだろう。さやかが勉強をしなくなったのは、間違いなく周囲の大人のせいだ。

 

 あと映画だからって高校の教師が相当悪者っぽく描かれていたのが気になった。坪田先生にさやかの担任が「営利目的で教育をしているあなたと違うんです」と言うシーンがあるのだけれど、「私立」高校教員の分際で何をほざいているのかとちょっと思ったわけです。ここは脚本家のミスだよなぁ。公立の本当に受け皿みたいなところで教育活動をしてからそういうことは言ってもらいたい。

 

 そういうわけで、途中唐突なおっぱいシーンが挟まれるのも考慮して「女子高生が頑張る映画」というより「毒家庭ダメ絶対映画」として売ったほうが的を射ていると思うんだけどな、という次第です。こちらからは以上です。

 

 

感想「ゴースト・イン・ザ・シェル」

 諸君! ハリウッドでバトーさんが実写化されたぞ!

 


『ゴースト・イン・ザ・シェル』 本予告

 

【あらすじ】

 人間の脳が電子化できるようになった近未来。ハンカ・ロボティックス社から身体は機械、脳は人間の全身義体第一号として生み出されたミラ・キリアン少佐は公安9課に所属してテロリストと戦っていた。過去を持たない少佐はサイバーテロ事件を追ううちに、自分が何者であるのか考え始める。

 

【感想(ネタバレなし)】

 バトーさんは実写化されたけど、タチコマは出てきません。しかし、タチコマもネットの海のどこかで喜んでいることでしょう。言わずと知れた『攻殻機動隊』をハリウッドで実写化したものです。

 

 結論から言えば、「これはこれでアリだよな」というところです。少佐が白人だからダメだとか、課長がビートたけしだからダメだとか、そういうのが前評判で聞こえてきましたが少佐はスカーレット・ヨハンソンで正解だと思います。よくやったなぁという感じ。課長は、日本語喋ってるのが毎回面白かっただけでまぁいいかな。

 

 自分の中でたけし課長の英語字幕を許せたのは、多分少佐のキャラクターが大幅変更になっているからです。少佐は草薙素子なのですが草薙素子ではないです。ミラ・キリアン少佐という名前で、全身義体になってから1年という設定なので少佐の女ゴリラ的なシーンはあんまりありません。アクションはいっぱいあるのですが、少佐の「バトーとトグサは張り込みを続行しろ、イシカワとボーマはガイシャの身元を洗え、パズとサイトーは周囲の聞き込みだ」みたいなああいう感じがゼロになってました。むしろ「ここはどこ?私はだれ?」という不安定キャラになっているのが相当キャラクターいじられたなぁという気がして気の毒になってしまって。「攻殻機動隊SAC」の「サイトーおおおお、そいつをよこせえええええ!」のところの少佐が個人的に好きなので何だか寂しいです。

 

 正直、こいつのせいで話に入っていくのに相当時間がかかりました。しかし流石はハリウッド、ちゃんと物語に着地点を作っていたのでストーリー全体のストレスはそれほどありませんでした。2時間で物語を納めなきゃなのでやっぱりわかりやすい悪者がいないといけませんからね。その点は全然問題ないです。公安9課が悪をやっつける、というストーリーで基本問題ないです。

 

 それからやはり『ブレードランナー』でやりたかったことをもう一度やってやるぞ! という意気込みをたくさん感じました。少佐の精神の揺れがそのままアンドロイドたちの抱えていた不安に直結して、またあのザラザラした感じの近未来の風景を作り出しているのはよかったです。ただ、ちょっと詰め込みすぎのような気がしたのですがこの辺は敢えてやっているのでしょう。

 

 もしこれから劇場に行くのであれば、近未来の街並みのどこかに「イノセンス」という文字列があるので探してみてください。正直ここで吹きそうになりました。ハリウッドだから日本語なんて観客あんまり見ないよねみたいなことで仕込まれたのか、日本人に笑ってもらいたいために仕込まれたのか、とにかく罠です。あの「イノセンス」は卑怯。

 

 以下ネタバレ感想になるので、気にする人はお帰りください。

 

sidelinea.hatenablog.jp

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【感想(ネタバレあり)】

 話に乗れなかった一因として、全く疑いもなく「今回の映画は人形遣いが出てくるんだろうかワクワク」と思っていたらそのポジションにいたのは笑い男のコスプレをしたクゼ」という事態に脳内でオロオロしてしまったことがあります。難民解放ではなく己の復讐のために戦うクゼ。スタンドアローンコンプレックスしない笑い男。そして記憶をなくして不安定な少佐。冒頭のバトーに至ってはペットボトルアイじゃないという「マジかよ」という展開に「課長がたけしとかどうでもいいか」と思ってしまいました。リスペクト、とみればリスペクトだけどアニメキャラ混ぜちゃうのはどうなんだろう……。

 

 あとネタバレなしのほうでも書いたけれど、やっぱり女ゴリラ的な少佐が見たかったのよ。充分スカヨハ少佐も強いんだけど、絶対的な精神的脆さがあるから安心して見ていられない。正直「1年しか生きてないのに何で少佐なんだろう」とか考えてしまうくらい「この少佐像は挑戦しているな」と思っていました。

 

 それもそのはずで、この少佐やクゼの苦悩は『攻殻機動隊』に見られた「電脳化とネットワークでつながる世界の諸問題」ではなく、どちらかというと『ブレードランナー』で描かれたアンドロイドの苦悩に近い。確かに2時間で『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』とか『SAC』とかやれって言われても無理だし、サイバーパンク馴れしていない人に「電脳化がどうのこうの」っていきなりやられても不親切だし、いいところに落ち着いたと思ってる。ただ、通信をハックされていて課長が「電脳通信は危険だ」と通信を入れるシーンで「暗号化通信にすりゃいいのに」とか思ったのはここだけの話。

 

 一応ベースは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』なので主要シーンのほとんどはここから出てきます。電脳ハックされる清掃員とか水の上での高額明細光学迷彩バトルとか、あとラストのVS多脚戦車とか人形遣いじゃなくて笑い男クゼとの融合とか。それ以外にもSAC第一話の芸者ロボとかイノセンスの犬とか結構出てきて面白かったです。なんとなく潜入捜査のシーンはSAC2ndGIGの第三話のようにも感じました。

 

 もう一個野暮な点を挙げると、やっぱり公安9課の全員を活躍させてあげたかったなぁというのがあります。バトーはまぁ台詞があったほうだけど、トグサは生身の身体と義体の違いを説明するのに使われただけ感があるし、イシカワはただの呑兵衛のおっちゃんになってるし、ボーマに至っては台詞なし、サイトーはラストの狙撃で一発キャラになっているし、2時間という制約は厳しいけれどもう少し課員に優しくできたんじゃないかなぁという気がしないでもない。出来ればトグサの出番を頑張ってほしかった。

 

 なんつーか、電脳化とかはお話のギミックとして割り切って本題は「義体によるアイデンティティの維持」っていうところを貫いたのはよかったと思います。桃井かおりママもうるさくならない程度で、まあよかったんじゃないのかなぁ。欲を言えば、黒幕が若干小物くさくて魅力がないのが残念なのでその辺もっときれいに行けばひとつの「アナザー攻殻機動隊」としては十分なんじゃないのかなぁ。こちらからは以上です。

 

感想「惑星ソラリス」

おやすみレムレム。  

 

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【あらすじ】

 惑星ソラリス上にある宇宙ステーション、プロメテウスからの連絡が途絶えた。心理学者のクリスがプロメテウスを訪ねると、そこには乗組員以外の気配があり、かつての親友が自殺していた。そして、自殺したはずの元妻がそこにいた。

 

【感想】

 ね、眠い……。

 

 気合で頑張ってみたけど、序盤が結構つらかった。宇宙に行ってからもあっち行ったりこっち行ったりでふわふわとストーリーまでメトロノームかってくらいあっちこっち行くから、難解なストーリーに釣られて夢見心地で遊覧鑑賞していたような感じ。まさかこれが狙い? 途中で首都高が出てくるシーンはドライブ中に助手席で眠くなるアレを家で体現できました。

 

 眠い眠いばかりで話が進まないのですが、ストーリー自体は重厚で考えることたくさんの面白い映画です。ただ、演出が意図的に心地よい睡眠欲を刺激してくるだけで……。

 

 つまり、惑星ソラリスの海には思考する力があって、人間と何らかのコンタクトをとろうとしていると言うのがひとつの主題。もうひとつは、蘇ったクリスの妻ハリーは何者であるべきなのかという問題。このふたつの主題が行ったり来たり、行きっぱなしになって帰って来なかったり。最終的に「もうそんなもんでしょ」と全てを投げ出すことすらソラリスの海は赦してくれるのよみたいな展開になって、すっごい壮大な感じで終わるのとか卑怯。もっとソラリスと会話をしてほしかった。

 

 この映画全体に漂うのが、他者とのコミュニケーションの皆無さ。もう断絶と言っていいくらい登場人物はホウレンソウもしないし意思表示も明確にしない。それはこの映画の演出にも言えて、まるで観客に優しくない造りになっている。だからこそ人を選んで高尚なメッセージを頑張って解読するしかない。

 

 ソラリスの海からやってきたハリーはそもそもなんでハリーである必要があったのか。ソラリスは人類に何を伝えたかったのか。人類はそれにどう答えればよかったのか。もしハリーが生きる道を選んだとしたら、彼女はどのように現状に折り合いをつけたのか。その辺がおそらくメインなのに、なんかふわふわっとしていたのが何だかなあという印象。多分その辺はレムの原作で堪能して、こっちの映画ではあらすじくらいであとはタルコフスキーの映像をお楽しみくださいというところなんだろう。

 

 多分あと数回くらい一気に見返さないとこの映画の面白さをふんだんに表現することはできない。だけど、もう数回も見る気力がない。この辺を鑑みると「もう一度見たくなる」という面でこの映画は優れていると思った。多分見返すのは早くても数年後だろう。