傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「虐殺器官(映画)」

 地獄は頭の中にある。 

 


「虐殺器官」新PV

 

【あらすじ】

 911以降、徹底した管理社会を実現したアメリカ。各地で同時多発的に発生している虐殺を調査していくと、その発生時には必ず一人のアメリカ人が関わっていることがわかった。クラヴィス大尉はそのアメリカ人、ジョン・ポールの行方を追って彼の恋人ルツィアの張り込みを行うことになる。

 

 【感想(ネタバレなし)】

 待望の伊藤計劃プロジェクトの総決算なのですが、今回は原作を読まなくても何とかわかりそうな感じのラインです。『ハーモニー』はずーっとトァンのモノローグで原作既読が必須だったと思う。一応戦闘シーンなんかも多いので、深く考えなくても雰囲気で何とかなりそうです。「ああズドーンでドカーンだな」「敵が味方を攻撃したぞ!」などなど。映画を見るときはそんなテンションでいいと思うのです。子どもを容赦なく殺していくシーンは人を少し選ぶけれど。

 

 しかしきちんと見ようとすると、やっぱり難解な世界が広がっているわけです。虐殺が人為的に引き起こされているとするなら、どうやって引き起こしているのか。ジョン・ポールとは何者か。そしてクラヴィスは何故ルツィアに惹かれるのか。会話劇のようなシーンも多く、特に専門用語が続くシーンでは理解を諦めてしまう人も多いのではないだろうか。

 

 だけど、この映画はどちらかというと「たくさんの人に見てもらいたい」というより「伊藤計劃の残した世界を見てほしい」というほうが強い気がする。わかる人にはわかる、わからない人にはわからないという世界。そんなのがあってもいいじゃないですか。

 

 個人的に気になったのが、クラヴィスの人相が特殊任務に従事する軍人にしてはなんかツルツルしているなぁというところです。あまりごっつくしても日本のファンにはとっつきにくくなるのかもしれないなぁと思うのですが、やっぱり軍人はもう少したくましく描いてほしいなぁというのが個人的な要望です。この辺は日本の映画じゃ難しいのかもしれないなあ。

 

 以下ネタバレのため鑑賞予定のある方はお帰りください。

 

sidelinea.hatenablog.jp 

 

 

 

【感想(ネタバレあり)】

 まず大事なことを申し上げないといけません。

 クラヴィスの母親関連のエピソードがごっそりなかったことにされています。

 また、最後の「虐殺の文法」をクラヴィスが放ったことも暗示程度で終わっています。

 

 もうこの二点でとある原作ファンは「ほわああああん」という絶望です。「これが僕の物語だ」というエピローグの第一声、FFⅩみたいな打ちきり漫画っぽい台詞でクレジットに突入。クレジットの間「エンディングかっこいいな」とか「エンディングの後に荒廃したアメリカが映るに違いない」と頑張ってワクワクしていました。途中で「マングローブが倒産しちゃったけど頑張って作ったよ」というテロップが出てきて笑いそうになったのはここだけの話。

 

 そして無情に現れる「映倫」の文字。明るくなる劇場。クソッタレ。何がアニメ映画化だ。映画の普遍性なんてくたばっちまえ。2時間で出来ることに是非はなくて、ただ俺たちの知っていることはそこで声優目当てで口をあんぐり開けて見ている女どもにはわからねえんだよ。

 

 などとまでは思っていないけれどそんな気分になった。思いのほか自分がこの「虐殺器官」に期待を寄せていたことがわかった。「ハーモニー」が割と原作準拠だったから「虐殺器官」でもやってくれると思っていた。思っていたのに、奴はサラエボで逝っちまった。

 

 大人の都合はわかる。せいぜい2時間で話を詰め込みすぎるのはできなかったと。それはよくわかる。この映画はジョン・ポールの物語で最初に象徴的に出てくるシーンでは、サラエボが吹っ飛んだことを知ったジョン・ポールの場面から始まる。この男がいなければ「虐殺器官」はなかったのだからこちらにスポットを当てるのは当たり前だ。

 

 ただ、クラヴィスの内面を極限まで描かないことで彼の全般的な行動原理が訳の分からないものになってしまった。冷徹な感情のないロボットのようなクラヴィスに、最後の決断は出来たのだろうか。そのような物語の整合性から最後のシーンはカットされたのかもしれない。だけど、それならピザのシーンが半分死んでいるわけなんだよ。畜生。

 

 小説版のラストは『マウス・オブ・マッドネス』っぽくてすごく好きだった。周辺が虐殺の文法で混乱しているのに自分だけは正常。しかし正常とは何なのか。この混乱の中で混乱していない方が異常なのではないか。やがて虐殺の文法に染まるのか、それともこのまま異常な正常の中に漂うのか。そんな感じがすっごく好きだったんだけどなぁあああというところで 「仕方ないけどさ、仕方ないけどさ!」という感想終わります。