傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「シン・ゴジラ」

 ゴジラは日本で生まれました。アメリカの発明品じゃありません、我が国のオリジナルです。しばし遅れをとりましたが、今や巻き返しの時です。
エヴァンゲリオンは好きだ」
 エヴァがお好き? 結構、ではますます好きになりますよ。さぁさぁどうぞ。庵野シン・ゴジラです。面白いでしょ? ああ、仰らないで。使徒がゴジラ。でも最近の邦画なんて宣伝だけで特撮はチャチだし、俳優はゴリ押しだわ、役者目当てファンばかりだわ、ろくなことはない。薀蓄もたっぷりありますよ。どんなオタクの方でも大丈夫。どうぞ何回も見てください……いい音でしょう? 伊福部の音楽だ、年季が違いますよ。
「一番気に入ってるのは……」
 何です?
石原さとみだ」

 


『シン・ゴジラ』予告

 

【あらすじ】

 東京湾に突如謎の熱源が現れた。臨時の対策会議で、内閣官房副長官の矢口は未確認の海中巨大生物である可能性を提言するが、却下される。海底火山の噴火と結論づけられそうになったとき、内閣府のテレビに巨大な生物が映された。後に「ゴジラ」と名付けられる巨大生物は、次々と建物をなぎ倒す。矢口らは対策チームを立ち上げ、「ゴジラ」を駆除しようと奔走する。

 

【感想(ネタバレなし)】

 MX4Dで観てきました。ああ、ネタバレをしないで何を語ればいいんだろう。

 

 とりあえず、面白かったです。もし少しでも興味があるようだったら、映画館にすぐ行くべきだと思います。やはりこういう迫力のある映画は映画館で見るに限ります。

 

 そして、もし余裕があるようでしたら先に予習として初代「ゴジラ」を見てから見たほうがいいかもしれません。平成以降の「ゴジラ」と違い、初代は完全に「侵略者、破壊者」としてゴジラを描いています。この文章書いている人は先に「ゴジラ」を見ていてよかったなぁと思っています。白黒ですが、なかなか面白いです。

 

sidelinea.hatenablog.jp

 

 一応内容にも触れておくと、初回は「聞き流せ、感じろ」ということでしょうか。とにかく台詞が速くて話もどんどん進んでいくので「お? お?」という間に場面が数点していきます。この辺は映画をじっくり見ない層には辛いかもしれない。でも「だからわかんねーつまんねー映画」でもない。とにかくみんなゴジラを止めるために頑張っている。それがわかればそれでいい。映画の中では何やら難しいことを言っているけれど、割と理解しなくても話が大体わかる。パッと見て「何をしているかわかる」けれどよく見ると「結構難しいことしている」のがわかるっていうのは表現が難しい。その辺を踏まえて見れば、なおさら面白いかもしれない。

 

 あと急に出てくる石原さとみが謎キャラすぎて「ぼくのかんがえるりそうのかっこいいおんなのひと」みたいな感じになってますが、そこは虚構だと思って割り切ると結構楽しいです。それ以外が本当に「っぽい」感じなので、余計浮いてしまうんですよね。

 

 以下、重大なネタバレ全開のネタバレ感想になりますので、真っ白な心でゴジラを見たい方は速やかにお帰りください。以下は「シン・ゴジラ」を見てきた人が盛り上がるような文章です。

 

 

 

 

 

 

 

 

【感想(ネタバレ)】

 もういいかな。

 

 無人在来線爆弾! 無人在来線爆弾! 無人在来線爆弾!

 

 ……よし、三回言ったぞ。これで帰りの電車の中で長谷川博己の顔とセットで「この機を逃すな!」っていうのが何度も何度も頭の中をぐるぐるして止まらないという現象を何とか供養出来たと思うぞ!

 

 正直「無人在来線爆弾」って言葉を聞いただけで何が何だかさっぱりわからないと思うのですが、やっぱりこの言葉を知らないで劇場に行って実際に「無人在来線爆弾」を見てもらいたいんですよ、やっぱり。もうかなり笑いました。直前の新幹線爆弾も面白かったけど、在来線のインパクトはかなり面白い。山手線や京浜東北線ゴジラに突っ込んで絡み合うシーンを考えるなんて本当にいい意味で頭悪い。最高。

 

 で、内容ですがこれも「もし首都圏を直撃する災害が起こったら」というようなシミュレーションとして楽しめました。面白いのが「人間味」よりも「役割」が注目されていたこと。途中片桐はいりが出てくるシーンで「こいつらも疲れるよな」という内容になっているけれど、彼らは基本的に東京、日本を守るために全力を挙げている。

 

 基本的に役者が早口なのは、もちろん臨場感を伝えるためでしょう。だからこそ最終盤での里見次期総理大臣ののんびりした口調に違和感を覚え、現場から一歩引いた人だからこそ出来たことがあったということが示唆されている気がする。あとあれが棒演技だと思っている人もいるかもしれないけれど、日本人って事務的なことは割とあんな感じで喋っていると思う。だからリアルの追求としてはあの早口は正解だと思う。

 

 この映画の逃れられない話として、どうしても「311」の出来事を踏まえたものだということがあげられる。第二形態の気持ち悪いゴジラがなぎ倒していった街並みは、津波被害直後の被災地の様子に告示している。そして後半の放射能との戦いは、まぎれもなく「福島原子力発電所事故」そのものだ。特に凝固剤を投入しているシーンはそのまま「原発を冷やすために放水」していた消防車そのものだ。あのシーンを見て正直当時を思い出して涙が出そうになりましたが、直後の無人在来線爆弾で全部吹き飛びました。恐るべし無人在来線爆弾

 

 いろいろ言いたいことはあるんだけど、何だかうまくまとまらない。ひとつひとつの事象に全て意味があって、でもそれ自体はなんの意味も持たないような気がする映画だと思った。ただゴジラが暴れてドギャーンというだけではない。なんかいろいろ、「2016年の日本」だからこの映画が生きてくる。そしてそれは「2016年の日本」を知るために未来に続いていく映画になるのだと思う。

 

 要は、「都市や生活が理不尽に破壊されること」がどういうことかということをもう少し考えたほうがいいんじゃないかと思った。それを我々は「311」で経験したはずだ。でも実際はどうだろう? 津波の映像も、避難所の混乱も、原発がすごいらしいということも、結局テレビの中の「虚構」で済ませている人の方が多いのではないだろうか。もちろん過去に災害被害にあったことのある方はあれがただ事ではない現実だということを実感できるだろうけど、そうでない人にとったらそれこそ「ゴジラが街を壊した」くらいのインパクトでしかない。津波の被害は、実際に体験しないとわからない。映像で見ただけならそれはただの「虚構」だし、突然ボランティアに行って潰れた家を見て「すごい」と思ってもその背景にある「現実が失われたというリアル」を共有することは難しい。「現地にボランティアに行って成長した」という話は、正直反吐が出る。他人の不幸を糧に成長したことを威張るんじゃない。そんなことを、当時被災地にいた身として強く思う。

 

 ゴジラが壊したものは、映画という「虚構」の中の主に都市部の人の「現実」だった。いつも電車がすぐに来て、学校に行けば友達がいて、家に帰ればご飯がある。どんなに現実の出来事であっても、電車なんて通っていない、全校生徒が何十人規模の学校の生徒のことなんて生まれてからずっと首都圏に住む人からすれば「虚構」に近い話だ。「311」はどこか遠くの世界の話ではないか、とすらどこかで思っているのかもしれない。そんな現実を虚構の世界とはいえゴジラはぶっ壊した。バスで無理矢理避難させられている人たちは、原発事故の時に無理やり避難させられた人たちを思い出させる。あの時もあんな感じで、みんな適当な避難所にボンボン入れられていたはずだ。それでどこの避難所にいるか連絡がとれなくて苦労した人がたくさんいたという話も聞いている。

 

 この映画を語る際に「民衆の心情がほぼなくて感情移入のポイントがない」という意見をちらほら見かける。このブログ書いている人は「311」の当時、情報もないまま屋内退避を続けながら放水活動をテレビで見守っていた。外に行けばあの絶望的な「避難所」はその辺に溢れていたし、あの時バスで次々と避難してきた人たちの仮設住宅も未だに存在している世界を生きている。そんな視点からあの映画を見ると、あの「日常が破壊される喪失感や無常観」をバッサリ捨てているところは配慮があるかなぁと思った。あの日、どうしてもあの体験をした人たちの心を経験していない人が代弁しても何の説得力もない。ただ必要なのは無惨な結果と、人が死んだらしいと言うそれだけの現実だ。現実の前には何も勝てない。現実を征服するのではなく、我々は現実に抗って行かなければならない。そんなわけで「感情移入出来ないなぁ」と思う人は、災害のニュースすらも「感情移入」ありきで見ているのかなぁと邪推してしまうわけです。つまりは現実すらも虚構として捉えている。冒頭で流れるSNSやニコ生らしい映像も、遠くの安全な場所で見ているからエンタテイメントになる。果たしてそれでいいのだろうか。他人の生き様を消費していないだろうか。何が現実で、何が虚構なのかをしっかり考えているだろうか。

 

 「頑張れば何とかなる」「みんな頑張っている」「スクラップアンドビルド」という前向きなメッセージの他に、そんなメタなメッセージもこの映画から感じた。本当に、見る人の視点の変化でかなり印象が変わってくる不思議な映画だ。それはやはりこの映画が笑いあり涙ありの「物語」ではなく淡々とした「現実」に近いものだからなのではないかと思う。

 

 いろんな人がいろんなことを考察しているのであんまりグダグダ言っても仕方ないと思うのでこの辺にしておく。何が言いたいかと言うと、ゴジラは虚構なんかじゃなくて、実際にやってきていたということです。津波にも自衛隊や米軍の攻撃が聞けばよかったんだけどなぁ。あと「私は好きにした、君らも好きにしろ」を見て真っ先にFF9のブラネが出てきたんだけど、あれはゴジラとは関係ないかなぁ。おそらく発端の人物が冒頭で自殺しているっぽいのが示唆されるのは「パトレイバー」っぽいって指摘されているけれど、どうなんだろう。

 

セリフ/【私は思うとおりに生きた……だからお前もお前の思うとおりに生きなさい……】 - ファイナルファンタジー用語辞典 Wiki*

 

  とりあえず最後にもう一回言っておきます。

 

 この機を逃すな! 無人在来線爆弾!

 

 ふう。おつかれさまでした。おしまい。