感想「虐殺器官(小説)」
普段本の感想はあまり書かないけれど、面白かったので書く。以下結末を知っている上でお読みいただけると嬉しいです。
【あらすじ】
アメリカ情報軍のクラヴィス大尉は後進国で起こるテロや虐殺の首謀者を暗殺する任務に就いていた。そしてその虐殺はジョン・ポールと言うアメリカ人が引き起こしているということで彼の暗殺を命じられる。ヨーロッパやアジア、アフリカと彼の足跡をたどるうちに、無神論者のクラヴィスは「虐殺」の意味について考える。
【感想】
恥ずかしながら『ハーモニー』を読んでからなんとなく積読にしてしまっていて、最近やっと読みました。確かにメインの「虐殺の文法とは何だ」とか「存在しない人たちの伏線はどこに行ったの」とかいろいろあるのですが、とにかく「贖罪」というテーマが面白くて一気に読んでしまいました。人工筋肉とかそういう近未来なギミックも面白かったです。
そして何かと話題になる「何故クラヴィスは虐殺の文法を使ったのか」という結末なのですが、それよりも驚いたのが「クラヴィスの母はクラヴィスのことを見ていなかった」という結末なんですね。あれだけ父親の自殺がクローズアップされて、そして母親を想うクラヴィスが何度も何度も登場するのに最後の最後で母親から「裏切り」に等しいことをされていたわけですよ。
ジョン・ポールが虐殺の文法を使っていたのは「愛する人を守るために、愛を知らない人々を抹殺する」というわけでした。しかし、その裏には「不倫をしている最中に妻子を失った」という途方もない後悔の念がありました。赦してくれる人を永遠に失うと言う意味で、ジョン・ポールとクラヴィスは同じだったのだと思います。ルツィアも贖罪の意識はありましたが、亡くした人と共に過ごした日々の蓄積で考えれば彼女の意識は比べるまでもありません。
愛する人を救う、なんていうのは結局自分を納得させるための手触りのいい理由で、本心はやはり「自分を罰したい」「悪いことをしている自分を誰かに罰してもらいたい」というところがあったのではないでしょうか。ジョン・ポールの意識は言葉からしか読み取れませんが、クラヴィスは少なくともそう思っていたはずです。母親の生命維持装置を止めることに同意することで母親を殺した、という罪の意識から逃げようと必死でした。そしてルツィアを騙していたと言う罪を重ね、それを罰してもらうことで全ての罪を購おうとしていました。
結局ジョン・ポールは許されないまま死んでしまいましたが、クラヴィスはその後母親のライフログから自分のことがほとんど記録されていないということを知ります。何度もクラヴィスは「母さんのためにこれでよかったんだ」と思うことで罪の意識を和らげていたというのに、結局「ボクを愛する母さん」の虚像に怯えていたというわけです。それは「ボクを愛しているはずの母さん」であり「母さんに愛されなければ価値のない自分」だったわけで、そう信じていたから贖罪の念も持っていたわけです。「母さんに愛されていた」という事実が罪の意識を和らげていたことが、全て覆されてしまったわけですからね。これじゃクラヴィス、グレちゃう。
そしてグレた結果があの結末だと思うのです。「母親=世界」から赦してもらえないなら、この世界を壊してしまえと言うことなのでしょう。
これを読んで、世界を股にかけていろいろ話が展開する割には、中身は結構個人的な物語だと思いました。アレックスは赦しを求めて自殺し、ウィリアムスは赦しを求めることなく帰らぬ人になり、そしてクラヴィスの母もまた永遠に夫に赦されることのないままあっけなく亡くなりました。そんな情念が積もり積もってこの世界って廻っているんだなぁと、それだけです。はい。