傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「マーターズ」

 わけがわからないよ(40分過ぎくらいからの正直な感想)

 

マーターズ [DVD]

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【あらすじ】

 監禁され虐待をされていた場所から逃げ出したリュシー。彼女と一緒に育ったアンナ。フラッシュバックに苦しめられるリュシー。それから15年後、アンナはリュシーから「私を監禁していた奴らを殺した」という連絡を受け取る。

 

【感想(ネタバレなし)】

 各方面で「ヤバイヤバイ」って出川哲郎みたいな評をされていた作品をこの大型連休で観ようと張り切って朝起きてから掃除と洗濯をきちんとこなして、優雅にコーヒーでも飲みながら見ようと思って再生プレイヤーにウキウキとディスクをセットしたのがまるで昨日のことのようです。

 

 この作品は前半と後半で全く違う景色を見ることが出来ます。正直前半の復讐?パートだけでもお腹いっぱいの鬱展開です。理由もわからず椅子に縛り付けられ、流動食を与えられて暴行をされる毎日だったリュシー。彼女のトラウマは自傷に結びつき、他の人には見えない『彼女』に襲われる日々。そんなリュシーに愛情に近いものを感じてそばにいるアンナ。そんな歪な関係の2人が家の中でハチャメチャ大騒動! というのが前半の話。

 

 そもそもこのリュシーが凶行に至った理由が「新聞でみかけた顔に面影があったから」というふんわりしたもの。アンナも「15年も前のことよ!」と「ついにリュシーが罪のない人を殺してしまった!」と思いながらなんとかリュシーの機嫌を取ります。この時点でアンナはリュシーを信じ切っていません。

 

 どこにでもいそうな家族の日曜日の朝を「OK!」の一言もなくズドンとぶっ放したリュシー。恐怖で動けない息子をズドン。泣き叫ぶ娘を容赦なくズドン。飛び散る血飛沫に溢れる憎悪! 駆けつけるアンナも何故か警察を呼ぶとかしないで、とりあえずリュシーを落ち着かせてそのまま家に居座ってお泊り。もうこの時点で「わけがわからないよ」なのですが、この後の怒涛の後半戦に比べればこの「わからない」はまだまだ序曲なのでした……。

 

 前半の見どころは何と言っても、リュシーのトラウマの『彼女』です。もうこの『彼女』を独立させて一本の映画にしても面白いんじゃないかと思うくらい、この『彼女』がなかなか怖い。夜中に布団の上でバァってされたらおしっこ漏らすくらい怖い。こんなのが四六時中追っかけてくるなら平和な一家をズドンしちゃうのもわかる。

 

 それでこのリュシーが「彼女」と戦いながら罪もない人々をズドンしちゃうお話なのかな、実はアンナ自体がリュシーの生み出した人格なのかな、とかワクワクしていたのですが驚愕の後半戦によって全てはひっくり返されます。これ以上語るとこの映画の魅力が半減する気がするので、残りは自分の目で確かめてください。

 

 なお、何の耐性もない人がこの映画を見ると後悔すること間違いなしなので『ホステル』や『変態村』などを見て「オラワクワクしてきたぞ」という人以外は見ないほうがいいです。大陸のホラーは一味違うのです。できれば今作品を観る前にどちらかを鑑賞することを強くお勧めします。そんで「無理」なら、多分無理です。

 

 

※以下作品の性質上、物語の核心に触れるので視聴の予定のある方は閲覧を控えてください。あと、感想だけでもイヤな気分になるので楽しい気分でいたい人も読まないほうがいいです。

 

 

 

【感想(ネタバレするね)】

  この映画の何がすごいかって、前半と後半の話が全く違うところなんだよね。前半はリュシーヒャッハーのヤッチマイナー状態を壁に飛び散った血飛沫をハラハラしながら見る映画ですが、後半は一気に「救いのない監禁映画」になります。

 

 いろいろあってリュシーは自害します。その後呑気に母親に電話をしているアンナは家の隠し通路を見つけます。そこは何とも趣味の悪い写真が飾ってあって何かの実験施設のようなきれないもの。そしてその最奥には何とリュシーと同じように監禁されている女性が!! しかも怪しげな拘束具をつけられていて正直ヤバいぞ!!! リュシーの言うとおり、この家の夫婦は悪い奴だったのだ!!!! アンナは彼女を助けるのですが、何故か警察も医者も呼ばないで自分で彼女の頭の拘束具に繋がるヘドピをぶち抜きます。ここで観客は全員「何故警察を呼ばない」という気持ちになるのですが、そんな理性のぶっ飛んだ世界では何が起こってもおかしくないのです。

 

 「リュシー、あなたの言った通りこの家の人たちはひどい人たちだったわ」とリュシーの遺体にすがるアンナと、急に激しい自傷と自殺未遂を図る監禁女性。既に観客は「この映画はどこに行くのだろう」という諦念が沸き始める頃なのですが、ここで急転直下の展開。なんか軍隊っぽい人が来て女性を射殺。「流石に警察来た!?」と観客はどよっと盛り上がるのですが、何故かアンナを捉えて地下に監禁。リュシーを含めその場の関係者の遺体をボンボン穴に埋めて、後片づけをするとボスっぽいおばちゃんがやってきて、改めてアンナに事情を説明してあげます。

 

「私たちは殉教者が死の寸前に見る世界が知りたいの。あなた、私たちの代わりに向こう側の世界を見てきてちょうだい」

 

 いやいやいやいやいやいや。

 

 なんとこの集団、たくさんの少女たちを暗闇に監禁して極限状態に追い込んでその向こうにある世界を見たいのだそうだ。大抵の少女たちはその前に死んだり精神を壊されたりするそうだ。リュシーが見ていた幻覚も、彼女が逃げるときに見捨ててしまった女性の面影が残っているそうだ。

 

 そして今度はアンナが監禁されることに。監禁生活は「殉教者フード」という感じの流動食を与えられ、意味もなく暴力を振るわれ、精神支配と言うことなのか髪を切られ、排泄物も椅子に穴をあけて垂れ流し。この「流動食」とか「髪を切る」という行為は他の作品でも「人間の尊厳を失わせる」という感じでよく出てくるモチーフだ。監禁モノには欠かせないファクターなのだろうか。

 

 その監禁生活のシーンが長い。短いカットで似たようなシーンを何度も何度もしつこく映す。前半のズドンヒャッハーが懐かしくなるくらい色のない画面が続く。やがてリュシーと精神がリンクしたアンナは「恐怖を消すために全てに身をゆだねる」ことを選択する。「これが運命」とばかりに理不尽を全て許容した彼女を見て教団は「最終段階に入った」として、

 

 生きたまま皮を剥いで吊り下げる。

 

 ナンデ!? ナンデ皮剥ぐ必要があるの!? アイエエエエ!

 

 極限の苦痛を与えて、その先を見るのが最終目標の彼らならやりかねないけれど、かなり痛い。前半みたいにズドン一発で死ねるなら殺してくれって思う。その結果、全てを超越したアンナは「何か」を見る。「ちょっと、こいつ目がイってるぞ! ババアに報告だ!」とボスっぽいおばちゃんを召喚。今際の際に駆けつけたおばちゃんにアンナが何かを囁く。

 

 やがて高級車が続々と屋敷の周りに到着し、組織のお偉方が「イキガミ様のお言葉があるらしい」と盛り上がる。ところがアンナの言葉を聞いたおばちゃんはこれからみんなに挨拶をすると言うのに、化粧を落としている。そして「死後の世界はあると思う? 疑いなさい」という言葉を残して自害。

 

 そんで「マーター(殉教者)という言葉はもともと証人と言う意味だったんですよ!」というテロップが入って、アンナの恍惚とした表情でエンド。

 

 

 そうか、死後の世界とは、うーん、そうか、そっかそっか証人か……。

 

 

 あー……

 

 そうだね、うん……。

 

 そんなわけで、もう「後半から風呂敷を広げまくったのに特に回収することなく終わる」という一応映画としてのオチはついたけどモヤモヤが激しく残る終わり方でした。これはいけない。非常にいけない。

 

 そんなわけで、アンナが最後に何を言ったのかクイズに挑戦して終わりたいと思います。個人的に「てめえが死ねよクソババア」的なことを言ったじゃないかと思います。マドモアゼルはアンナの言葉を聞いて不快な表情をしました。それは自分の信じていたことと全く反対の、予期せぬことだと思うのです。アンナは「天国なんてなかった」とか「地獄に行くのよ」とか、そういうマイナスな表現をしたということは想像できるのですが、その後の取り乱したところがないところから少し深読みします。

 

 そもそもこのカルト集団は「信仰」のために形成され、神の存在を絶対的なものとして信じています。そうでないとこんなわけのわからない実験は行われません。その「神」に近づいた存在に「死になさい」と言われたら、喜んで死ぬのではないでしょうか。それが「神」の言葉とか「アンナ」の言葉とかどうでもいいくらい「神」を信仰している者たちには区別がつかないでしょう。だから「死ね」と言われて死んだのか、それとも「アンナ」の言葉であると悟ったマドモアゼルは神の不在を知ってしまったのか、どっちなんでしょう。

 

 ただ、個人的願望を残すなら最後の言葉は「アンナ」のものではなく「リュシー」のものであってほしいと思うのです。彼女も苦痛の果てに殉教をした身の上。最後はアンナとリュシーの魂が同時に天に旅立っていくという終わり方であってほしいです。これは個人的な願望です。

 

 そんなわけでどうしようもなくヤバい映画でした。観た後の感想は「ホステル無印っぽい」という感じです。監禁シーンとか集団で襲ってくるところとか、後半の急展開とか。この映画自体がエンタメの感覚がないホステルみたいなものだなぁと思うと、やっぱり「嫌なものを見ちまったなぁ」という感覚が強いです。

 

 

 気を取り直して『世界残酷物語』でも観よう、うん。