傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「小さな中国のお針子」

 全部、バルザックのせいだ。

  

小さな中国のお針子 [DVD]

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【あらすじ】

 中国で文化大革命が行われていた時代。下放政策で四川省の山奥の村へ連れてこられた知識青年のマーとルオは、時計もバイオリンも知らない、文化的生活の一切ない村の生活におののく。ところが「お針子」と呼ばれる仕立て屋の孫娘と知り合うことで、何も知らない彼女に文化的な知識を持たせることを目標に生きることにする。互いに惹かれあっていく「お針子」と青年2人。禁止されている外国の小説を読んだり近代的医術を村にもたらしたことで様々なことが移り変わっていく。

【感想】

 まず、これは舞台が中国だけれど立派なフランス映画だ。原作は「バルザック小さな中国のお針子」という小説だそうで、作者は実際に文革下放政策を体験したそうだ。文革は「大地の子」など話には聞いていたことがあるけど、やっぱり恐ろしい恐ろしい。全体主義が自然と崩れていったのがよくわかるわ。


 冒頭は毛主席を讃える歌で始まります。1970年代前半の話なのですが、鳳凰山の村には目覚まし時計もバイオリンもなく、まず文字を読めるものがいません。病気になっても川に放り込んで柳の枝で背中を叩きつづけて「これが一番だ」というだけです。日本は大阪万博で「こんにちはーこんにちはー」という時代ですね。テレビもねえ! ラジオもねえ! を通り越した場所です。バイオリンの勉強していたり医者の家だったりで過ごしていたりすると「こんなところに一生いるのか……」という絶望は確かにあります。ふもとの町まで二日歩いて行って見た「映画」を口伝いに聞くくらいしか娯楽はありません。


 そして「お針子」と出会って様々なことが起こるのですが、彼らの恋愛模様すらドキドキしてみていられなくなります。再教育を受けているときに女の子とシケこむなんてことがバレたら、一体どうなることかわからない。その辺の「見つかったらどうしよう!」というスリルと共に彼らの青春を覗き見しているような映像は素晴らしいです。メガネの本を盗むシーンや温泉で密会しているシーンなどは「禁じられている」という味付でより美しく見えます。吊り橋効果って奴ですね。「監督はバルザック」というシーンで一度ハラハラして見ていられなくてDVD止めてしまいました。バレたら極刑ものだもの。


 そしてバルザックによって導かれた「お針子」はルオと愛し合い、大変なことになってしまう。父親が倒れたために一度街に戻ったルオのいない間に、マーにルオの子供が出来たことを告げる。マーは産婦人科医に頭を下げて「お針子」の堕胎手術をしてもらう。このシーンがとても象徴的で、文革とはなんだったのかを改めて考えることになる。知性が弾圧されることを嘆く産婦人科医と小説ひとつもロクに読めない世間に号泣するマー。恋愛映画なんだけど、彼らの青春は危ないところにあることに気が付いてはっとさせられるシーン。


 結局「お針子」はバルザックに導かれて山を降りる。堕胎したことをルオに告げず、マーも最後までルオに言うことはなかった。このクライマックスの微妙な空気がフランス映画のうまいところだと思う。観客は全てを知っていて何も言うことが出来ないマーに心情を重ねる。ラストで山を下りてそれぞれ生活していた2人は「お針子」に再開できないまま、現在の村の様子を見て思い出に浸る。ダムに沈むかつての村の中でバイオリンを弾くマーと肩を並べるルオと「お針子」。青春が永遠に終わってしまったことを告げるシーンで正直それほどきれいな映像ではないんだけど、「これでいいんだ」という気持ちで胸がいっぱいになって青臭さが爆発していた。若者の恋愛なんて正直こんなもんだと思う。「こんなもん」で何が悪い、という幕切れが心地よかった。


 「女性解放」などの側面があるのかもと思ってしまったけれど、純粋に微妙な三角関係を見ているだけでも面白いです。あと意外と村長さんが憎めないのが面白い。歯の治療シーンは痛いの苦手な人には正直辛いシーンなので本当におススメできない。本当に面白くて今のところ「誰かに見せたい恋愛映画」No.1ですので是非見てください。