傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「コンビニ人間」

たまごください たまごください たまごください

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

【あらすじ】

コンビニでアルバイトを18年続ける女性、古倉恵子。コンビニ以外の場所で適応できず、コンビニ店員でいる時のみ世界に必要とされていることを実感する。ある日新入りで入ってきた白羽という男性は勤務態度が悪く、すぐクビになる。恵子は周囲から押し付けられる「普通」と戦うため、白羽にある提案を持ちかける。


【感想】

※この感想は時々「はてな匿名ダイアリー=増田」をベースに書いているところがあるので純粋に書評が読みたい方はごめんなさい。

 

いやー、変な小説だった。物語を読んだ感じがしない。クソ長い増田を読んだ気分。そう、この主人公もクソみたいな男も店の仲間たちもみんな「増田」みたいじゃん。そう思うとすごく面白い。増田はコンビニだったのか。


主人公も大概ぶっとんでいるけど、出てくるクソ男のテンプレワードがなかなかひどい。「底辺」はいいとして、「縄文時代」はなかなかすごい。もう面白くて鼻血出ちゃう。実際にこんな男がいたら誰も相手にしないだろうな。相手にするコストが馬鹿にならなそう。


先に白羽という男について思うところを書くと、彼の言葉には誠意や真実というものが見えない。全ては言い訳や作り物であれこれ言うだけ言って本質的なところから逃げているし、最後まで逃げの姿勢を貫いている。物語論として「問題→悩み→解決」という筋があるけれど、白羽には最後まで何の解決もないし成長も見られない。


そして物語の後半で彼を呼んで説教大会が開催されそうになっていて、ここが特に面白かった。まんま「はてな」の世界じゃないか。村田沙耶香はてなのサービスを利用したことあるんだろうか。


しかし匿名性の高いネットの世界ではなく、実名顔出しで他人を煽りまくる白羽もなかなかクレイジーだ。もちろんこの話は虚構なのでこんな人は滅多にいるものではないのだけど、ネットの世界を見ていると隠れ白羽のような人はたくさん見られる。ただ、彼らは白羽のように他人を攻撃ばかりはしない。とにかく哀れんでほしいんだと思う。


白羽は「普通じゃない人を裁くのが普通の人の趣味」と言っているが、それは本質では無いと思う。現に白羽は自分以外の人間全てを自分裁判で有罪にしている。おそらくそれが白羽の今まで生きてきた道で、裁くことでしか彼はコミュニケーションが取れないのだと思う。コンビニを通して社会に溶け込んだ恵子と比較すると、白羽もまた悲しい人生を送ってきたのだと思う。


つまり白羽にとって必要なのは金でも女でも承認欲求でもなく、ただまるごと話を聞いて受け入れてくれる人なんだと思う。ただその相手に恵子は向かなかったし、むしろ最悪な組み合わせではあると思う。何故なら、恵子は相手を受け入れるどころか自分のことすら理解することを放棄しているように見えるからだ。


主人公の恵子が就職も結婚もせずコンビニに適応して生きていることを周囲は良しとはしない。この周囲に対して「他人のことなんだから放っておけばいいのに」と言わせたい向きがあるけど、恵子の本質を考える限り彼女は「治療」されたほうがいいんじゃないかと思う。


彼女の本質を見る幼少期のエピソードに「喧嘩を始めた級友をスコップで殴る」というものがあった。他にまだ赤ん坊の甥を泣き止ませるのにナイフを使えばいいのに、と思うシーンもある。これを「合理的」と捉えるのは無理がある。どちらかと言うと非常に暴力的で、他人に危害を加える恐れの高い人物だと思う。教師のエピソードを見ても、理由さえあれば他人に暴力を振るうことを躊躇わない人間が恵子だ。そりゃ職員会議にだってなる。ただそこで気になったのが、恵子の外界との接触がそこで終わっていることなのだ。カウンセラーも匙を投げ、親も嘆くだけ。そこで気になったのが、誰も恵子に対して本気で対応しなかったことだ。それか、その本気すら恵子は感知することもできなかったのか。これだけ理詰めで物事を理解できるのであれば、ある程度理詰めで他人の感情を予測することもできるだろうに、ただ否定されただけで彼女は適切な対応を獲得できなかった。彼女のある意味究極的な受け身の姿勢は彼女自身の特性ではなく、そう学習しただけのような気がする。


彼女の場合、「治る」とあるけれどもこの場合は治癒ではなく、「成長」が必要だったのだと思う。彼女は級友や教師に対して間違ったことをしても「反省」「改善」することができなかった。心から理解出来なくても、理屈を体に覚えさせることは出来る。それが彼女にとって「コンビニ」だったのだと思う。従来ならそれを社会生活、人間関係全般で行って欲しかったのだが、彼女は殻に閉じこもってしまった。この辺からなんとなく、恵子も「居心地のいい場所から逃げたくない」と成長を拒否しているような気がしました。


そこまでして恵子を「治療=強制」させて何になるのか、と思う人もいるだろうけど、もし彼女が何の気兼ねもなく彼女らしく生きていたらどうなっていただろう。大人になればスコップで殴られることはさすがにないだろうが、「合理的」という基準でいろんな人を傷つける恐れは非常に高い。彼女は「コンビニ」にある程度「治療」されているのだと思う。だからもう「コンビニ」からは戻れない。


誤解のないように補足をすると、「治療」とは必ずしも悲しいことではない。生まれつき障害のある人間が義足をつけたり補聴器をつけたりするのは悲しいことではないし、ありのままにこだわってなんだかわからない暮らしをさせるほうが悲しいと思う。死んだ小鳥を食べてはいけないことを「かわいいそうだから」ではなく「野鳥には悪い菌がいる可能性が高いし、鳥獣保護法という法律で禁じられているからダメだよ、焼き鳥の肉は焼き鳥用に作られているから食べていいんだよ」と彼女の質問から逃げずに答えられる大人がいれば、あるいはと思ってしまう。「治る」という言葉がダメなんだろうな。「成長する」って言って欲しい。


実はこの小説の一番大事な台詞は白羽の義妹が言う「絶対にちゃんと生きたほうがいいですよ!」なんだと思う。この場合の「ちゃんと生きる」とは就職や結婚をすることではなく、「自分の人生や感情に責任を持つ」ということなんだと思う。あれこれ逃げ回っている白羽はもちろん、全ての物事に対して想像力が異様に欠如している恵子にも言える話だと思う。将来のことでなくても、今夜食べるものすら栄養が摂れていれば味がなくてもいいというのはある意味最高の「人生の放棄」なんじゃないかと思う。「私はこれがいい」と積極的に選んだことがほぼないのではないだろうか。強いて言うなら、それが「コンビニ」だけだったということで。


作中で一番疑問だったのが「何故恵子は社員にならなかったのか」という一点。仕事ぶりから売上管理や社員教育だってやる気になればできそうだし、社員になればずっと好きなコンビニにいられるのに、何故彼女はアルバイトにこだわったのか。おそらく彼女の本質的なヤバさを歴代店長は見抜いていて話を持っていかなかったというのがあるけれど、それが彼女の人生の「逃げ」だったのだと思う。


やっぱり本質的なところで彼女は「治る」のが怖かったのではないかと思う。「あなたは怒らない」と指摘されてから必死に「私も怒っている」と取り繕うけれど、正直そこは同調してもしなくてもいい部分ではないかと思う。人間観察が趣味の彼女でも、自分の感情を覗くのは本当に怖かったんだと思う。本当に怒っていないならば「怒っていない」ことを当たり障りのない方法で伝えれば良いし、その程度で人間なかなかドン引いたりしない。


おそらく彼女は幼少期より「感情を伝える」ということの成功体験がないのだろうと思う。楽しい時に楽しいと伝えて楽しみ、悲しいという気持ちを泣いて表現する。それができなくても、仕草を覚えることはできる。しかし彼女は他人の感情どころか自分の感情からも逃げてしまった。頑なに食事を「餌」と呼ぶことで自分自身からすら自分を遠ざけている。


普通の人は普通でない人を排除するのではなく、コミュニケーションが取れない人から離れていくものなのだと思う。普通の人は普通のことをしていないから排除するのではない。少なくとも自分で一生懸命考えて、自分の感情と折り合いをつけて生きている人を悪く言う人はあまりいない。たまに言う人もあるが、それは巡り合わせが悪かっただけだと思う。


面白いかそうじゃないかって言えば、「小説」としては特に面白さは感じなかった。しかしこれが「ネット発の怪文書」だったらすごく面白かったかもしれない。小説と銘打ってしまったので恵子も白羽も完全に虚構の存在になってしまって、妙にリアリティがあるところが鼻についてしまう。これは恵子のキャラクターの問題もあるけれど、恵子自身が成長する気がないから内面について考えることもしないし、テーマの「普通とは」も行き当たりばったりのものでしかないと思う。


ただ、これが「これは本当にあった話です」テイストになればまた違う面白さがあると思った。明らかに虚構なんだけど、完全に虚構と言いきれない。だから共感と拒否の反応は小説として出されるより何倍もあると思う。内容を凝縮して、増田に出せば1200userくらい行きそうな奴だと思った。


逆に言えば、増田を初めとしたネット発のどこかの誰かの本当にあったかもしれない物語に皆が賛否を寄越す。ベビーカーでエレベーターに乗っただけで発信さえすれば大衆は大騒ぎする。この世界で恵子が生きていたらどうなるだろう。一喜一憂する世界に順応するのだろうか。それとも、世界の変化についていけずに先鋭化した思想を持つか余計殻に閉じこもるのか。それは恵子ではないので誰にもわからない。おわり。