傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「消滅世界」

セックスが嫌ならオナニーをすればいいじゃない。

 

消滅世界

消滅世界

 

 


【あらすじ】

人工受精が当たり前になり、人間同士の恋愛やセックスが忌避されるようになった近未来。雨音は「セックスをしてお前を生んだ」という母親に育てられた。幾つかの恋愛や結婚を通じて、雨音は家族の形すら解体してしまった実験都市に興味を持つ。


【感想】

村田沙耶香さんの本を初めて読みましたが、これは気持ち悪いですね(褒めています)。あっさりしているようですごくネバネバした感情が下敷きになっている。ネバネバを否定するために「私はあっさりしてるのよ」と過剰にあっさりを積み重ねて余計後ろのネバネバが見えるような、そんな感情。


いろいろとありえない近未来の話なんだけど、そういうわけで恋愛感情も性欲もなくなりました、めでたしめでたしというわけがない。この話の外側には間違いなくとんでもない「闇」が隠れている。


ひとつは恋愛対象の「キャラクター」を生み出す人々の存在。作中ではいわゆる「二次元」のキャラクターを恋愛対象にすることを「清潔な恋愛」と位置づけていたけど、多分それは受動的にキャラクターを消費している側だけの感覚で、キャラクターを生み出す側の人々はどう感じているのだろうか。


そもそもいろんな物語を作るのに単純な恋愛感情は不可欠で、それは家族愛や友情とも少し違う。この世界では古典を野蛮なものと全否定しているので過去に習うことも難しい。そんな中でどうやって物語やキャラクターを作っているのかとても気になる。この世界にカスタマイズされた感覚で物語を作っているんだろうけど、それでキャラクターに恋愛感情を抱くようになるのがよくわからない。もしかすると、作中でキャラクターと恋愛しているという人達の抱いている恋愛感情というのは憧れとかそういう類の感情なのではないだろうか。


で、それで頑張ってキャラクターを想像してファンがある意味性的に消費して、もしかすると作者とキャラを混同したファンが押しかけてきたり物語の展開が思い通りに行かなかったからと作者を襲撃したりはしないんだろうか。物語の在り方がすっかり変わっていると思うのでこの辺の事情も変わっているのだろうが、消費することを考えるあまりに生産する人のことを考えていないような気もする。消費者が良ければそれでいいのかもしれない。


もうひとつ気になるのが実験都市での「父親の不在」だ。男も出産できるからお母さんだとかそういう理屈ではなく、根本的に「父親」がいない世界が恐ろしいと感じた。一般的に父親は社会的な繋がりを子供に教える存在であるとされるけれど、この実験都市には「社会」というものがもう存在しない。社会の最小単位と言われる家族すら解体して、残されたのは大きな集団に属していると思われる個人だけである。みんなが「お母さん」であり、みんなが「子供ちゃん」になる。


そうなると社会全体が「お母さん」であり、「子供ちゃん」はいつまで経っても子供のまま。各個人の考え方など生まれないだろうし、社会性も私たちの考える「社会性」は持たないと考えられる。本文を読む限り「お母さん」は都合のいい時に都合よく子供に接すれば良くて、基本的には行政の職員が子供の面倒を見るらしい。超管理社会という意味ではハックスリィの『素晴らしい新世界』のようだ。


この実験都市と言えばハーラン・エリスンの『少年の犬』に登場する地下ユートピア伊藤計劃の『ハーモニー』のような世界世界を思い出す。争いを避け、痛みから遠ざかる先には個が薄くなるなど何らかの不健全な社会が待ってる。しかしそれも見方の問題であって、私たちの社会から見ればおかしいことでも「あっちの世界」の人間からすれば滑稽なことなんだろうとは思う。


そういうわけで一見完璧に見えるようなこの世界も、雨音が感知していないだけで負担を強いられている人がたくさんいるのであろうと考えられる。「清潔」な恋愛感情を抱くために消費させられるクリエイターや赤ん坊を育てる職員。都合のいい時だけ親のように振る舞えば良いのは親ではなく、無責任な他人だ。それをこの世界は是として世界の理としている。


ただ「当人たちがそれでいいと言うならいいんじゃないの」以上の言葉はない。この作品の中で生きる人達がそういう選択をしただけということでいいと思う。だけど、その世界で雨音の母親みたいな人はどこへ行けばいいんだろう。ハックスリィみたいに「野蛮人保護地区」でも作るべきなんじゃないだろうか。ラストでまるでペットのように獣として描かれている母親の描写は蛇足のようで、「昔の価値観に寄り添わず切り捨てる現代人」の寒々しい態度を感じた。時代が違うのはわかるけど、簡単に価値観なんて変えるのは難しい。そういう意味で現代を生きる私達もいつか彼女のように「獣」側になることを恐れなければならないんだと思う。


そんな風に思えるようで、それでもこれはただの作り話でそんなことを考えること自体が杞憂ですよとなるようなところもある、不思議な読後感でした。終始気持ち悪いんだけど、その気持ち悪さが何なのかみんなで探ろうみたいな価値観がひっくり返る系の話。面白かったです。おしまい。