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傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「シンドラーのリスト」

 別に善人だけが世界を救うわけではない。

 

 

【あらすじ】

 ナチスの侵攻が始まったポーランド。実業家のシンドラーは戦乱に乗じて一儲けしようと考えていた。当時迫害されていたため人件費が安くあがるユダヤ人を積極的に採用した金物工場を立ち上げ、持ち前の処世術でナチスの高官にも取り入って莫大な利益を得た。しかしゲットーの解体や強制収容所の様子などを見ていくうちに「私の工員だ、金のためだ」と言いながらユダヤ人を庇うようになり、あるリストを作成する。実話を元に淡々とシンドラー氏の心情を描く。

 

 【感想】

 以前から見たいと思っていたけれど、3時間を超えるためなかなか手を出せないでいたのを決意して鑑賞。最初は「白黒で3時間……」と思いながら見ていたのですが次第に引き込まれ、最後の色が付くパートでは半分泣いていました。これは泣ける映画です。

 

 やはり見どころはシンドラー氏の次第に変わる心情です。冒頭は「有能な会計士が欲しい、それならユダヤ人だ」「そうだ、ユダヤ人は安いからたくさん採用しよう」くらいの思いつきで、ポーランドに住んでいたわけではないシンドラーならではの合理的というか無邪気な思いつきであれよあれよという間に工場が発展していきます。

 

 この辺のシンドラー氏は本当に「金儲け」に対して無邪気です。右腕の会計士イザックが片腕のない老人を雇っていたと知ったときは「身障者を雇うなんて生産性のないことを」と非情とも取れる態度をとっていたのですが、間もなくその老人はナチスの兵士にほぼ意味もなく殺されてしまいます。その時もまだ彼は「工員が減ってしまった」というくらいにしか考えていなかったのかもしれません。

 

 ところが次第に弾圧を強めるナチスは、ゲットーを解体して強制収容所にユダヤ人を押込めます。このゲットー解体のシーンでは本当にネズミかゴミみたいにユダヤ人が扱われて、そして捕まったり殺されたりします。見ていられなかったのはこのゲットー解体と強制収容所の健康診断と称した選別作業時に逃げ出した人たちが床下などに隠れているところ。逃げ場所を求めて床板をめくると既にたくさんの人がいて「ここはいっぱいだ、見つかるからあっちへ行け」と追い立てられる。特に収容所のほうでは捕まった子供たちが訳も分からずトラックに乗せられてどこかへ運ばれていくのに母親が追いすがるのが非常に胸を打ちました。トラックの行き先がなんとなくわかっている観客は余計に辛い。

 

 そういう風潮であってもシンドラー氏は表向きは「ユダヤ人を助けるのは金のため」というスタンスを崩しませんでした。元々イザックを右腕に選んだあたり、彼はユダヤ人と言うものにそれほど偏見をもっていなかったのでしょう。それがゲットー解体の様子や収容所の責任者ゲートのストレス発散代わりに殺されるユダヤ人を見ていくうちに少しずつ心持ちに変化が現れます。ゲットーに入れたあたりでは「儲けのチャンス」くらいにしか考えていなかったのも、身障者の老人を始め罪のない人を意味もなく殺していくナチスを見て「何もそこまですることないだろ……」とドン引きするわけです。

 

 そこで表だって「ユダヤ人殺すのはかわいそうだろ!」と振る舞うのではなく、彼はそれまでの態度を変えずに工員だけでもとユダヤ人を守ります。強制収容所が解体されることになり、それまで死んだ人を一斉に焼くことになります。シンドラーはそこでゲットーで逃げていた赤い服の少女が無惨な姿で運ばれているところを目にし、イザックと「従業員リスト」と称して工員だけでもと金の力で彼らの身元をチェコに移送することにします。

 

 途中で間違って女性の列車がアウシュビッツに到着してしまうところは本当にドキドキしました。これから何が起こるか観客たちは知っているので、そのドキドキを逆手に取られたような演出にはやられました。歴史を語る映画でこんなにドキドキするのはめったにない。月並みにすごいなぁと思いました。

 

 それから賄賂や口八丁で女性たちもチェコに移す事に成功し、そのままそこで終戦を迎えます。ユダヤ人を助けるために彼は持っていた莫大な財産をほぼ使い果たしました。「工員のため」と言いながら、私財をそれほど投下する姿に工員たちは感謝してもしきれない恩を感じました。ナチスの党員であったシンドラーが逃亡者になり工場を離れる際、「もっと多くの人を救えたはずだ」と泣き崩れるのはシンドラーの心情でもあり、歴史を知っている観客全体に向けたメッセージなのかなと思いました。ただここは単純に悲しくて、尊いシーンだと思いました。

 

 最後に当時を生き延びた人たちがシンドラーの墓に花を供えるシーンでこの映画は終わります。しかし、あの虐殺を「おしまい」にしてしまうことはできません。「もっと救えたはずだ」というシンドラー氏の嘆きは、今の世界でも常に考えておかなければならないことなのかもしれません。