傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「ハーモニー」

 ごめんね、ミァハ。

 

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「ハーモニー」劇場本予告 - YouTube

 

【あらすじ】

 殺戮の歴史を反省し、社会が思いやりのもとに個人の健康を管理するようになった未来。螺旋監察官の霧慧トァンは久しぶりに再会した友人の零下堂キアンが目の前で自殺する様を目撃する。それは全世界で同時多発的に起こった自殺のひとつに過ぎず、トァンは調査を進めるうちに、かつて一緒に死ぬことを約束した少女、御冷ミァハにたどり着く。ミァハは個人の健康を管理する社会を憎悪し、そのために自らの命を投げ打ったはずだった……。

 

【感想】

 なんか間が空いちゃって今更なんですけどもうね、ミァハが全てです。この映画はミァハのために作られた映画なんだと思う。憎悪と絶望が入り混じった世界や偽りの優しさの世界なんかどうでもよくて、毛の生えていないツルツルした女の子の肌のような世界でフラットな思考を望んだ女の子のたったひとつのワガママなんだと思う。それだけでいいやもう。

 

 原作は数年前に読んでいたのですが、あらすじ程度しか覚えていませんでした。そんなわけで程よく面白い感じで映画を見ることはできました。そしていろんなところから指摘のある通り「原作読んでないと訳わかんないよね」っていうのは同意です。その理由はあまりにも長い原作通りのトァンのモノローグ。この映画、正直言ってトァンがぐだぐだ悩んでいるだけの映画って言ってもいいです。トァンが喋ってない時はミァハかキアンのモノローグです。他の台詞は物語の都合上出てくる、という感じ。そんなわけで原作よりすっごく閉じた世界のように感じました。

 

  例のピンク色の都市も、まるで小腸の中のような印象で「これから都市がひとつの生き物になる」という暗喩のように見えました。人間は「人間」という個を捨てて、全く新しい別の「生き物」になってしまう。その時、WatchMeを体内に入れられていない人間は「人間」として生きていくことができるのかを書かないまま伊藤計劃は逝ってしまったので非常に尻切れのような印象も受けるけれど、この一連の世界についてはいわゆる未完の美と言うものを認めてもいいんじゃないかと思う。

 

  そのくらいミァハの存在が生々しい。もう人類がどうのこうのとか医療の民の今後とかそういうの抜きにしてミァハという少女を全力で描きたかったんじゃないかってくらいクライマックスのミァハは迫力がある。それまで存在を幻のように表現されてきて、最後に肉を纏って現れたキァンの神のような存在。そんな穢れ切った先の無垢を礼賛した彼女がたまらなく愛おしくなる。余計な心配はしなくていい。キァンはミァハのいなかった世界に戻りたかったのかもしれない。そして『虐殺器官』のクラヴィスと同じように、最後は世界を巻き込んだ「自殺」を図った。ミァハと過ごした時期を消し去りたかったかのように。

 

 これはSFというより、少女が大人になれなかった物語だ。原作を読んでから、映画でミァハという存在に触れるくらいがちょうどいいんじゃないだろうか。あんまり心酔しすぎると、キァンみたいになってしまうから。