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傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「レクイエム・フォー・ドリーム」

洋画 ドラマ

 それともにんげんやめますか?

 

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【あらすじ】

 ブルックリンに住む未亡人サラはテレビが大好き。息子のハリーは定職につかず友達のタイロンとふらふらしながら麻薬を吸っている。ハリーは恋人マリオンと一緒に洋品店を開こうと思い、タイロンと麻薬を売りさばいて大儲けする計画を立てる。一方サラは「テレビ番組に出演できます」という電話をもらい、ダイエットのために医者から「食欲のなくなるクスリ」と称して処方されたダイエット・ピルを飲み続ける。やがて彼らの生活はどんどん「クスリ」に占領されていく。

 

【感想】

 鬱になる、救いがなく後味の悪い映画として有名ですがこれはれっきとした「麻薬ダメゼッタイ」の映画です。救いがなくて当たり前。救いがないから、麻薬は絶対ダメなんですよ。『リービング・ラスベガス』だってなんかロマンチックに終わっているけど、結局アル中で野たれ死ぬのは惨めなんですよ!!

 

 で、今作は「ダメゼッタイ」のテーマがしっかりしている上に、それをしっかり伝えようと表現を工夫してあるのがいい。例えばラリっているときは早回しのコマ送りとか、ハイになる寸前は瞳孔が開く映像を挟むとか、音楽も不協和音のアレンジになるとか、あの「ここにいないわたし」という離人感をしっかり映像で表現していた。そこがまず面白かった。後半の各人がどん底に滑り落ちていく映像は各々の地獄が次々とシャッフルされて見ごたえありです。

 

 ただハリーやタイロン、マリオンが崩壊していくのは「クズの自業自得!」で終わっていいんだけど問題はハリーの母親のサラ。孤独な老人がテレビをよりどころにして、ある日一本の電話をきっかけにジャンキーになってしまうなんて、誰が考えたんだろう。最初はクスリでハイになって落ち着きがなくなり、そのことでハリーから心配をされるほど。その後もクスリに依存して、次第に幻覚が見えるようになって最終的に「私の出演する日はいつなの?」とテレビ局に突撃する始末。個人的にその道中地下鉄で「私はテレビに出るのよ!」「息子はね、自慢の息子がいるの」と他の客に話しかけているところがかなりキツかった。そういえばこういう人にたまに絡まれる。あれはラリっていたのか。

 

 他にも「テレビ」や「コーヒー」「金儲け」「家族」「未来への夢」など、この作品にはクスリの他に依存しやすいものがたくさん登場する。サラは医者に半分だまされてダイエット・ピルを服用するけれど、そうでなくても何かに依存しやすい性質だったのだろう。例えばテレビがないと生きていけないとか、甘いものを絶対食べないとやっていられないとか、夫や息子がいなくなって寂しいから代わりにテレビを見るのとか、とにかくいたたまれない。彼女が能動的に出来る何かがあれば、こんなことにはならなかったのではないかと思う。

 

 結局サラは廃人になり電気ショック療法を受け、ハリーはヘロインの打ちすぎで腕が壊死、切断。タイロンは刑務所で禁断症状と戦う日々。マリオンは身体を売ったりヤバいパーティーでお尻に突っ込まれたりしながらヤクをもらう日々が続くと言うところでおしまい。特に壊死寸前の腕とか結構リアルで「麻薬ゼッタイダメ」という感じが伝わってきてよかったです。ただちょっと性的な面が多いから学生に薦めるのも難しいかな。女子高生とか男子に内緒でこっそり見せられるかどうかってところかな。マリオンが売人に身体を売るようになったのは、金のためにハリーに売春を頼まれたことが起因していると思う。身体をみだりに売ってはいけないというメッセージも入っていていいね。麻薬も売春も買春も全部だめですよ。

 

 それにしても、この映画でかなり気の毒なのはサラに「うちの娘は~」とか気軽に教えちゃった友人だよなぁ。ほんとうにかわいそう。