傍線部Aより愛を込めて ~映画の傍線部解釈~

主にひとり映画反省会。人の嫌いなものが好きらしい。

感想「来るべき世界」

 手塚治虫の漫画よりも昔の話です。

 

来るべき世界 [DVD]

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【あらすじ】

 1940年のエブリタウン。クリスマスに政府が他国と開戦する。そのまま時が流れ、戦争が終わっても疫病の蔓延や独裁者の台頭などを乗り越え、2036年、科学技術の発達によりついに人類は月を目指す。


【感想】

 原作はH・G・ウェルズの「世界はこうなる」で、脚本もウェルズが手掛けています。今から見ると大げさでちゃっちい表現もたくさんありますが、そこはご愛嬌。制作が1936年という時代だということを考慮に入れて見ないとダメですよ。


 さて映画は一人の主人公を据え置くのではなく、年代記のように時代によってメインの人物が変わるスタイル。冒頭は平和なクリスマスの光景と「戦争!戦争!」と沸き立つ世相のコントラストが絶妙。おじいさんがおもちゃを持って「ワシの子供のころはこんなアレはなかったもんじゃ」というシーンが印象的。


 やがて戦争によって街は破壊され、バイオ兵器の使用により疫病が蔓延する。この辺のイメージは第一次世界大戦のリフレインなんだろうな。映画でも何度か毒ガス使用の恐ろしさが出てくるし、当時のケミカル(C)兵器に対する恐れがよくわかります。だからその上のバイオ(B)兵器の恐ろしさが強調されています。でもまさか次の大戦で早速アトミック(A)が実用されるとはねえ。このバイオ兵器、「さまよい病」と言って感染者は罹患すると高熱にうなされ、最終的に勝手に歩き始めてやがて死ぬという恐ろしい病を蔓延させました。隔離しても勝手に感染者が歩き始めて更に感染を広げるので「さまよい病」患者は問答無用で銃殺という方法で病気の撲滅を図るしかない人類が無力です。戦争により医療技術も衰退してワクチンもロクに作れない時代だったのです。


 こうしてさまよい病を根絶した後は、わけのわからない権力者が街を支配するようになります。「声の大きいものが権力を握る」構図そのもので、彼にリーダーシップがあったというわけではなくただの成金主義的な小物。それでも逆らうと制裁が待っているので何も言えない人々。ついに石油もなくなり西部劇の時代まで逆行した文明も辛いものがあります。ところがその中エブリタウンでは失われた飛行技術を駆使してかつて戦場へ旅立った男が帰ってきた。戦争で他の文明国で過ごしていた彼を小物独裁者は利用しようとするが、あまりにも強引なやり方に反発されて獄に繋がれてしまう。ところが文明国の同志がやってくる。実力行使だけれど使ったのは催眠ガス。「毒ガスだ!」と怯えるあたりに第一次大戦の影を色濃く感じます。取り巻きは眠っただけだったのに対して、小物独裁者はショック死してしまいます。それにしてもこんなに立派な催眠ガスがあったらどれだけの戦闘を防げるだろうかと思うとこの文明大国はすごい。


 そして最終章。科学技術の恩恵にあずかり、エブリタウンは近未来国家へと成長していた。この未来世界に住む人の服装が何故か古代ローマのトガ風であるところが面白い。進んだ文明としてローマ帝国をお手本にしたんだろうか。大統領の主導により人類を月に送り出す計画があるけれど、それにも反発する人物がいる。権力あるところに反発勢力有り。こういう未来予想図は嫌いじゃないです。最終的に大統領の娘たちは「月世界旅行」みたいな装置で月へ旅立っていきます。最後に「人類はこれからも進歩をやめない」と言う大統領で映画は終わる。でも、最初のクリスマス会しているところが一番豊かだったんじゃないかと思ってしまう自分がいる。


 後半はどうしても「科学技術」という新しい点を見せたかったのだろうけど、人間の交流という意味では大統領はあまりにも自分の娘を信用し過ぎているし、反発団体の動機もイマイチ薄い。感情と言う点であまり目新しい点がない。「さまよい病」の妹を殺された兄など、前半のほうがこういう人間模様を描いていた気がする。そこまでウェルズの計算なのかどうかわからないけど、「このまま行くと大切な何かを忘れていくよ」というメッセージが感じられないでもない。冒頭の爺さんが「大事なのは想像力だよ」と言っていたのが思い出される。想像を実行してしまうと、もうそれは現実で新しい想像を広げていかなければいけない。それが「進歩」なんだろうか。うーん、難しい。


 とにかく、「これぞ近未来SF映画!」の原点だと思うので見ておくに越したことはない。ただ、時代的に割と難解なシーンが多いのが難点だ。それでも見てやろうって思うのが、SFファンの心意気ってもんだと思う。